明け方のマリア
(一) マリア
「日本人なのかな」
電車で女子高に通うアユミは、ただ何となく、そう思った。
最初は電車の吊り革越しに遠慮しながら眺め、今はマジマジと見つめている。
睫の上で揃えたアユミの黒い前髪が、さらりと動く。
「うーん」
よく分からない。分からないのだ。
通学時間を少し早めにずらして乗った電車の中で、アユミは白い制服のブラウスにしわを作って、興味の先に視線を注ぎ続ける。
目の前というか、ほんの少しだけ斜め右で眠っている、赤いショールを纏った老婆のことだ。
うつむいている老婆の長い白髪はボサボサで、使い込んだ縄のようでもあり、一見、ホームレスと見間違っても、おかしくない。
「あれ?」
外見とは不釣り合いに、清々しく気品溢れる香りが漂う。
「いい、香り……」
何の香りだろう。木のようでもあり、果実のようなそれは、甘くもなく、涼やかだ。いや、それだけではない。神秘的にも思える。そんな香りが、ほんのりとアユミを霞めたのだ。
実のところ、アユミはこんなことをしている場合ではなかった。
朝一番に実施される英語のテストの事で、頭がいっぱいになる筈なのに、アユミの旺盛な好奇心がそれを許さず、横槍を入れたのだ。
テストの記憶は、完全に失われている。
ガタンと振動して、不器用に電車が停まった。うつむいていた老婆の首がさらにガクンと垂れた。
電車で女子高に通うアユミは、ただ何となく、そう思った。
最初は電車の吊り革越しに遠慮しながら眺め、今はマジマジと見つめている。
睫の上で揃えたアユミの黒い前髪が、さらりと動く。
「うーん」
よく分からない。分からないのだ。
通学時間を少し早めにずらして乗った電車の中で、アユミは白い制服のブラウスにしわを作って、興味の先に視線を注ぎ続ける。
目の前というか、ほんの少しだけ斜め右で眠っている、赤いショールを纏った老婆のことだ。
うつむいている老婆の長い白髪はボサボサで、使い込んだ縄のようでもあり、一見、ホームレスと見間違っても、おかしくない。
「あれ?」
外見とは不釣り合いに、清々しく気品溢れる香りが漂う。
「いい、香り……」
何の香りだろう。木のようでもあり、果実のようなそれは、甘くもなく、涼やかだ。いや、それだけではない。神秘的にも思える。そんな香りが、ほんのりとアユミを霞めたのだ。
実のところ、アユミはこんなことをしている場合ではなかった。
朝一番に実施される英語のテストの事で、頭がいっぱいになる筈なのに、アユミの旺盛な好奇心がそれを許さず、横槍を入れたのだ。
テストの記憶は、完全に失われている。
ガタンと振動して、不器用に電車が停まった。うつむいていた老婆の首がさらにガクンと垂れた。