明け方のマリア
「ところでさ、アンタ何してんの? それ、もしかして噂の郵便倶楽部?」

 いつの間にかシズカは身を乗り出している。そのシズカの手に下敷にされていた紙を、アユミが摘む。

「そうだけど、噂の……ってどういう意味よ」

「言ってみただけ。実際にやっているとこ、初めて見たから。でも、あたしには何て書いてあるか、さっぱり」

 アユミに引っ張られて、シズカの手の下から抜ける。心なしか、紙がふやけているようにも見える。

「これはね、イギリスはロンドンに住む女の子からの手紙よ」

「そうなんだ」

 シズカの掌のベタ付きで、ふやけてしまったと思われる箇所を、アユミが指先で直そうとするが、うまくいかない。

「中学生で習う英語ぐらいで、充分やっていけるよ。それで今は、その子に返事を書いてるの」

「アドレス聞いて、メールすればいいじゃない」

「ダメ。すぐそんなこと言うんだから。こうして相手の書いた文字の一つ一つを大切にするの。紙の臭い、インクの色、ほら、こんなタワミなんかもね。相手を想像したら、見えてくるような気がしない?」

 アユミがグリグリと伸ばすと、余計にしわが広がるばかりか、表面からもろもろと剥げる。

「便利な世の中でも、アユミが敢えて大切にしたい気持ち、なんだか分かるような気がする」

「分かってくれるの?」

「勿論、親友じゃない」

 指の動きを止めたアユミの目の前に、腕組みする親友がいる。

「ありがとう。でも、意外」

「むう」

 シズカの腕組みした片方の肘が、空中でガクンと落ちた。


< 7 / 41 >

この作品をシェア

pagetop