魔法をかけて、僕のシークレット・リリー


背中にじんわりと、汗が滲む。静まり返った時間がやけに長く感じた。


「蓮」


やがて呼ばれた名前に、空気がひりつく。


「お前は、自分の言葉の重さというものを自覚しているか?」


低まった父の声から、発言を間違えたと瞬時に身に染みた。
考えの浅さはすぐに見抜かれる。感情的な言動を、父は昔から嫌っていた。


「私が喋ったことは人の耳に入ると、『決定事項』になる。それぐらいの影響があるということだ。分かるか」

「……はい」

「だったらお前はどうだ。『事実』とまではいかなくとも、『検討案件』にはなるだろうな」


IT企業の社長を務める父の発言力は、もちろん凄まじいものだろう。
自分の言動が常に周囲に見られていることは幼い時から分かっていたし、今もそうだ。父は『検討案件』と言ったが、学校内での話なら、僕が喋ったことは『事実』になるだろう。自分がそういう存在であることは痛いほど知っていた。


「今のお前は、ただ結婚したくないと言っているようにしか聞こえない。本気なら、私を納得させる代替案を持ってこい。話はそれからだ」


相変わらず手厳しかった。代替案なんて、言われてすぐに出せるわけもない。
黙り込んだ僕に、父は「切るぞ」と前置きして通話を終わらせる。

雨が窓を叩く音と、年季の入った時計が時を刻む音。気を紛らわせるように目を閉じて、その二重奏に沈んだ。

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