魔法をかけて、僕のシークレット・リリー
そう言い捨てるや否や、彼は「おい草下!」と廊下に出て行く。
掃除は森田さんが引き受けてくれるようで、私はなぜか草下さんに連れられて蓮様の部屋を後にした。
「あの、草下さん……」
「佐藤。とりあえず傷口洗っとけ」
彼に言われるがまま、バスルームの洗面所で蛇口を捻る。少し染みたけれど、今はそんな痛みなんてどうでも良かった。
視界がぼやけている。思考も霞んでいる。
なんて情けないんだろう。私情を挟んでしまうなんて、言語道断だ。
「……佐藤。お前さ、」
草下さんが気遣わしげに口を開く。優しい彼にまで叱責をさせてしまうのだろうか、と気分は根底に沈んだ。
「お前、蓮様のこと、」
「草下さん」
耐え切れずに、彼の言葉を遮る。その先は、聞きたくなかった。
「ごめんなさい。言わないで下さい。……なかったことにする、ので」
「なかったこと、って」
酷く戸惑ったような声が、頭上から降る。
この気持ちを抱えていても、いいことなんて一つもない。自分の首を絞めるだけだし、蓮様にご迷惑をおかけするだけだ。
蛇口を捻った。ひたすら捻った。全開にして、水圧が大きくなったところで顔を突っ込む。
「佐藤、」
じゃばじゃばと流れていく水の音だけを、ただじっと聞いていた。冷たさが顔面から直接脳髄に訴えかけてくるようで、心地いい。
決別しなければ。割り切れない気持ちを、割り切る以外に方法はないのだから。