魔法をかけて、僕のシークレット・リリー
「なあ、佐藤」
ボストンバッグを持って部屋から出たところで、森田さんに声を掛けられる。彼は腕を組んだまま、ぶっきらぼうに言った。
「最後に蓮様と話していけよ。このままじゃ消化不良にもほどがあるだろ」
「……遠慮しておきます」
「ばーか。お前のために言ってんじゃねえよ。主人へ最後の挨拶すんのが礼儀だろーが」
荒々しい口調で諭され、それもそうか、と腑に落ちる。無言で出て行くのは確かに印象が悪い。
「ほら、荷物寄越せ。下に運んどくから」
「あ、ありがとうございます……」
既に歩き出した背中に礼を述べれば、「ゆっくり話してこいよ」と優しい言葉が返ってきた。
正直、そんなに長い時間話したくはないのだけれど。まあこれも最後だ。
蓮様の部屋へ向かう前に、どうしても見ておきたい場所があった。
彼と初めて会った部屋、ドレッシングルームだ。全ての歯車が、あの時回り出したと言っても過言ではない。
中は相変わらず煌びやかで、こんな時でも頬が緩んだ。
ピンクのフリルドレスにイエローのショートドレス、それから――彼がパーティーの日、私に魔法をかけてくれたシンデレラのドレス。
思い出を一つひとつなぞっていく作業は、想像よりもずっと辛かった。
「何してるの」