魔法をかけて、僕のシークレット・リリー
今日はピアノのレッスンがあるから、遊びには来れないと言っていたはずだ。
桜は我に返ったようにしゃがんで教本を拾い、それから痛々しく、取り繕うように口角を上げる。
「ああ、えっと……レッスンの前にちょっと寄って、二人を驚かせようと思って……」
それで、と必死に続ける桜。けれど、その先はいくら待っても紡がれなかった。
すっかり俯いてしまった彼女から、くぐもった声が漏れる。
「ごめん……ごめんね、椿……私、」
桜が、泣いていた。
「私が好きなのは……蓮、だから……」
「桜――」
待て、とも、違う、とも言える状態ではない。桜は立ち上がると、当初の予定通りレッスンへと向かったようだった。
憶測でしかないけれど、でも、僕には分かる。何年この二人と一緒にいると思ってるんだ。椿と桜の矢印が重なっていることくらい、僕は――
「椿」
呼んでも反応はなかった。ただただ空虚を呆然と眺めて、椿はかろうじて呼吸だけを繰り返している。
気丈な桜の涙と、天真爛漫な椿の陰を見た瞬間、僕の中でもう答えは出ていた。
「お父様に、話してみる。僕と桜の婚約を解消できないか……」