魔法をかけて、僕のシークレット・リリー


柔らかい音声だった。
楓とほぼ同時に背後を振り返れば、にっこりと目を細める椿様がいた。


「あ……え、あの、」

「婚約者はいないよ。今のところはね」


金魚のように口をぱくぱくさせる楓の代わりに立ち上がり、「申し訳ございません」と頭を下げる。


「ご本人様のいないところで不躾な……」

「はは、いいよ。謝んないで。ほら顔上げてよ」


恐る恐る姿勢を戻し、楓の方に視線を送った。私の眼光に我に返ったのか、楓が「すみません」とぺこぺこ謝り出す。


「楓ちゃん、だっけ?」

「えっ」

「昨日はごめんね。送ってあげられなくて」

「とっ、とんでもないです!」


楓の顔は真っ赤だ。
微笑みを絶やさない彼に関心しながらも、黙って二人の会話を見守っていた時だった。


「君の名前は?」


突然こちらへ顔を向けた椿様に、思わずびくりと背筋が伸びる。


「私は……百合と申します」

「そう。百合ちゃんか。可愛い名前だね」


迷った挙句、彼にどちらの(・・・・)苗字を名乗れば良いか分からず、下の名前だけを告げた。
彼は別段不審がることもなく、あっさりと相槌を打つ。


「楓ちゃん。ちょっとだけ百合ちゃん借りてもいい?」

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