魔法をかけて、僕のシークレット・リリー
確かに蓮様はよく本を読んでいらっしゃる。読書中に声を掛けても「あとで」とあしらわれることが大半だから、静かに待機するのを学んだのは最近だ。
「でも、いいの? 蓮には婚約者がいるのに」
「あ、いえ……私は蓮様とそのような関係になることは望んでおりませんので」
「どうして? 蓮のこと、好きなんでしょ?」
話がややこしくなってしまった。
突然興味津々になった椿様に、私はたじろぎながら述べる。
「私は、蓮様が心安らかに毎日を過ごして下されば、それでいいんです」
「君がそうやって尽くしても、蓮は君に何も与えてくれないよ」
ええ、と頷く。蓮様にも昨日言われたことだ。
「私が勝手にしているだけですから。見返りを求めているわけではありません」
沈黙が落ちる。椿様は「そっか」と小さく呟いた。
「……見返りが欲しくなったら、俺のとこにおいで」
「え?」
「じゃあね」
会話のピリオドは、何とも呆気なかった。
彼が通り過ぎる時、ふわりとコロンが香る。何の匂いだろう、と視線を上げた先に桜の木を見つけて、ピンときた。
「チェリーの匂い……」
春の風は凶暴で、すぐにそのコロンを攫っていく。生温い空気に乗って、チャイムが鳴った。