魔法をかけて、僕のシークレット・リリー
違う自分になれる。それは何となく分かるけれど、安心、というのは一体。
蓮様がぽつぽつと零していく。抱え込んでいた荷物を一つずつ丁寧に下ろしていく作業にも思えた。
「時々、自分以外の何かになりたくなる。……いや、今の自分を置いて、どこか遠くに行ってしまいたくなる」
「……私も、そういう時あります」
「僕はもうずっと――本当にずっと、そう思ってるよ。だから、初めてドレスを着た時、やっと逃げられるって、安心したんだ」
最初は悪戯だったという。興味本位で被ったはずのドレスが、普段の自分を遮断するアイテムのように思えてならなかったと。
「おかしいんだよ。男が、シンデレラになれるわけないんだから」
ああ、やっぱり。この人の悲しみは、美しさと同じところにある。
その憂う顔が、揺れる瞳が。フランスの美術館に展示されていてもおかしくないくらい、秀でた芸術だと思うのだ。
「じゃあ、新しいおとぎ話をつくりませんか」
私の提案に、彼が顔を上げる。
「もちろん主役は蓮様です。ドレスを着て、お化粧もして、誰も何も気にしません。その代わり、王子様もいないですけれど」
「いいよ。君は魔法使いね」
それで、と続けた蓮様は、真っ直ぐに私を射抜いた。
「僕に魔法をかけて」