マザー症候群
1話 嫁、失格
関西空港第二ターミナルビル。
国際線到着口。
沢美波は、いらいらしながらパルチェの腕時計を見た。
午後5時5分。
NAI ○○○便の到着時刻を15分も過ぎている。
美波はいまいましそうに、また時計を見詰めた。
その時、到着ゲートに、日に焼けた若い男の端正な顔が見えた。
沢波斗。24歳。
ハワイでの留学を終えて帰国した美波の溺愛するひとり息子だ。
その顔は、こちらを見てにこっと笑っている。
なのに・・・。
なぜか、視線が合わない。
なぜ?ナゼ?何故?
波斗が大きなスーツケースを押しながらこちらに向かって歩いて来る。
美波が目を思い切り見開いて波斗を見詰める。
可笑しい。視線が微かに合わない。
見る。必死に目る。
波斗の視線は、美波の近くの誰かにピントが合わされている。
「嘘でしょう」
思わず、美波の口元から言葉が漏れた。 波斗の視線の先を追い掛ける。
視線の先に、モデル体形の女がいる。
歳は30歳くらい。いや、もっと若いかも。
(この女のせいなの。信じられない。悪趣味にもほどがある)
美波は、大声で息子の名前を叫びたい衝動を必死で堪えていた。
その時、女が・・・。
榎本道瑠が、人目も気にすることなく両手を大きく広げた。
まるで、食虫花。
(危ない)
(逃げるのよ)
美波が心の中で大声で叫んだ。でも、その声が波斗に届くはずもない。
美波の意に反して。
波斗がその手の中に吸い寄せられてゆく。ねばねばの危険な罠に、吸い寄せられてゆく。
まるで、食虫植物の罠に掛かったか弱い昆虫のように。
(馬鹿ね。それでも私の腹を痛めた息子か。簡単に食虫植物の罠にはまりやがって。ああ、情けない。ほんま、泣けてくるわ)
美波の奥歯に力が入る。
女も女だが。波斗も波斗だ。
(母親に気づかない。情けない。馬鹿っ。仕事を放り出して迎えに来ているのに。もう、頭に来るっ)
美波は腹の虫がおさまらなかった。
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