マザー症候群
「波斗」
美波が息子の名前を呼んだ。
「波斗」
「波斗~」
美波が息子の名前を呼び続ける。
空の本箱。何も無い机。古ぼけたギタ―・・・。主のいない部屋からは、返事もするはずがない。
波斗はいない。出て行ってしまった。あの女がさらって行った。
美波は恐ろしい現実と漸く向き合った。
「あ~ん」
我慢していた涙が一気に噴き出した。
泣いても泣いても、滝のように涙が流れて落ちる。
我が子を無くした母親の涙。
それも、生きて子供を無くす。この場合、交通事故で子供を亡くしたよりも、数倍も腹立だしい。
その辛さは、実際に子供を亡くすよりも数倍も上かもしれない。
その後も、美波は涙が枯れるまで泣き続けた。そして、敗北の苦さを骨の髄まで味わっていた。
癒してくれるのは、いつもお酒。
美波は酒を浴びるように飲み、波斗を奪った女に罵声を浴びせた。そして、泣きながら酔い潰れた。