マザー症候群

 アル中とは、アルコール依存症のこと。自らの意志で自制無く酒を飲むこと。
 確かに、いまの沢には、アルコールを飲むことに関してブレーキが効かなくなっていた。 
 沢が左手で右手を固定しながら文字を書いていると。
 事務担当の上野真樹が沢を覗き込んで。
 「どうされたのですか」
 と、声を掛けた。
 沢が狼狽えた。
 「何でも、何でもあれへん」
 狼狽すると、普段使わない沢の口から関西弁が飛び出した。
 「あっ、文字が震えている。部長、大丈夫ですか」
 上野が伝票の文字を覗き見て驚いた。
 「馬鹿ね。手が震えているだけよ。やっと症状が出たみたいね」
 いつの間に来たのか、総務部の山根が不気味な笑みを浮かべて上野の横に立っていた。
 沢は慌わてた。  
 上野なら幾らでも誤魔化す事が出来る。だが、総務部のマルサ山根はそうはいかない。
 まず、手の震えを止めなくては。
 (そうだ。アルコールを飲めば、手の震えは治まるのではないか。きっと、治まるに違いない。アルコールさえ飲めば・・・)
 沢の思考は、アルコールを飲みさえすれば全てうまくいく。と、いう方向に傾いていた。
 それも、固く固く。


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