マザー症候群

 榎本道瑠は、ちらっと群衆に目を這わせた。
 (群衆よ)
 (観客になりたい)
 道瑠が瞬きをひとつした。
 (今からがショータイム)
 (お楽しみはこれからやん)
 大勢の群衆の目の前で、大胆に足を広げる。限界までも。足を高く高く上げる。もっと。もっと。もっと。もっとよ。
 道瑠は、そんな破廉恥な欲望を覚えていた。
 半年も波斗と会っていない。
 心が。体が。砂漠のようにかさかさに乾ききっている。きっと、あれの禁断症状。
 目の焦点に映るのは、愛する波斗だけ。波斗の母親が焦点に入る余地は、万分の一もなかった。
 道瑠は大きく手を広げた。
 手の中に波斗を迎え入れた時。
 蜜。・・・。それも濃厚な。
 道瑠は、波斗のフェロモンに満たされて陶酔していた。
 群衆も何も目に入らない。甘美な甘美な二人だけに世界。ただただ夢中。また、夢中。
 思わず波斗の唇を、道瑠が奪った。
 熱く。熱く。とろけけるように甘い。濃厚な濃厚な甘いキッスを。

 
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