マザー症候群
美波はカウンターに両肘をついて蹲っていた。そして、知らず知らずのうちに寝息を立てて眠っていた。もちろん、游からは、彼女の顔は見えない。
游はその女性から少し離れた席に腰を下ろした。
「寝るなら他で寝ろよ」
游が、迷惑そうにその女性を軽蔑した目で見つめ小声で囁いた。
薄汚れたジャージの上下。その上に、着古したジャージのパーカー。
普段着も普段着。頭の髪の毛はばさばさ。
みすぼらしい女性。高級ホテルのバーに似つかわしくないこの女性が、游はよもや美波だとは気付かなかった。
「遅いな。部長」
待つのが苦手な游の口から、思わず呟きが漏れた。
寝ているはずの女は地獄耳。
「部長と呼びましてね。私の事ですね。そうですよね」
その言葉に反応して女が目を覚ました。
「あっ、馬鹿みたい。寝ていたなんて。ウイっ、と」
女は慌てて髪を手櫛で直した。
ヒック。
酒のせいだろうか。女が大きなしゃくりをした。そして、少し離れた席に座る男を虚ろな目で見詰めた。