マザー症候群

 道瑠はワインを味わいながら口にゆっくり、ゆっくりと流し込む。
 もうこれで五杯めだ。
 鼻をくすぐる芳醇な香り。
 長い時が醸し出す深みのある甘味。
 心が、胸がとろけそう。
 今日のワインは格別においしい。もしかしたら、今まで飲んだワインの中で一番おいしいかも。
 と、道瑠は上機嫌になっていた。
 夫への怒りが、姑への憎しみが、つまらない毎日が、まるで嘘のように泡と消えている。
 薔薇色の現実。
 楽しい大人の会話。
 陶酔する時の流れ。
 どれもが、自分をワインのように心の底から酔わせてくれる。
 峰が虚ろな道瑠の瞳の中に、ズカズカと潜入して来る。
 「あなたは美しい。どんな女優よりも美しい」
 (言って。言って。もっと言って)
 道瑠は、峰の耳障りの良い言葉に泥酔していた。


 
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