マザー症候群

 「競合は営業力。制作の良し悪しは二の次三の次。あなた、それだけの営業力を持っているの」
 と、美波が厳しい口調で。
 「営業力か。頑張ります。なりふり構わずに猛烈に頑張ります。僕、この仕事に人生を賭けているので」
 と、嫌に真剣な井浪。
 井浪は中堅の広告代理店の媒体部で課長代理をしていた。その代理店が不況のため倒産。就職活動がうまく行かず、大学の先輩に泣きついて、先輩が経営するこのデザインスタジオに流れ着いて来たのだ。印刷物が中心のデザインスタジオにあって、彼は常にマスメディアに憧れを抱いていた。
 「あなたが人生を掛けるなら、私もこの仕事に人生を掛けてみるわ」
 「本当ですか。沢部長、よろしくお願いします」
 井浪が頭を下げた。
 「ああ、任せて」
 美波には自信があった。
 以前、心通時代。博広堂とは何度も何度も競合プレをした間柄。相手の手の内は知り尽くしている。
 競合で勝つ為の秘策。それを経験を通して熟知していると、美波は自負していた。



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