マザー症候群

「生還出来た理由か。うふふふふ」
 美波が含み笑いをした。
 「実は、私ももう駄目か、と何度も思った事があったわ。あの時は、本当に辛かった。底なし沼に足を取られて、もがけばもがくほど深みに入って行く。そんな感じ。それが」
 そこで、美波が生ビールに口を付けた。
 「それが、どうしたん。はよ、言いな」
 美波の話に聞きいっていた真知子が、次の言葉を催促した。
 「波斗の言葉かな。波斗の言葉がぐさっと心に突き刺さったというか」
 美波が生ビールをひと口飲んだ。
 「波斗君、何と言ったの」
 と、知美が。
 「波斗の名セリフ、はよ。はよ。聞かせて」
 と、今度は真知子が。

 「じゃ、言うわね」

 「お袋のこんな情けない姿なんか見たくないよ」
 「ああ、泣きたいよ。死にたいよ」
 と、言ったっけな。

 美波が、弱音を吐く波斗の悲壮な顔を思い出しながら。



 
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