マザー症候群
自宅に戻ると。
道瑠はソファーに深々と座った。そして、指をまっすぐに伸ばして両手の指をまじまじと見詰めた。
思い出すのは、波斗との会話。
「お袋はマヌキュアを派手に塗りたくっている女の子が大嫌いなんだ」
「なんで?」
「あんな手でお米を研ぐつもり。ふざけないでよ。どうせ料理なんて出来ないでしょうが。ってね」
「そうなんや」
「お袋に気に入られようと思ったら。まず、爪は短く切って自然のままでいる事かな」
「わあ、失格や。でも、きっとお義母さん好みになってみせたるから」
あの会話以来、道瑠は爪を短く切りマヌキュアもしなかった。
お義母さん好みの良い嫁になろうと必死で努めていたから。
でも、でも、でも。
「もう、やんぺや。あほらしい」
「いい嫁になんかなるもんか」
「そやけど、いい妻にはなってみせたる。絶対に」
道瑠はテーブルの上にずらっと並べたマヌキュアの1本を掴むと。
爪に塗り出した。
人差し指は黒色。
中指は黒色。
薬指は黒色。
小指は黒色。
そして、道瑠がもう1本のマニュキュアを掴むと。
親指に塗り出した。
それは、ショッキングピンク。
この配色は、今の道瑠の心境を表していた。