マザー症候群

 道瑠が爪に息を拭き掛けていると、スマホがけたたましく鳴り出した。
 電話をしたのは波斗だった。
「あっ、俺。合格したよ」
 と、声を弾ませて波斗。
 「何が?」
 「就職。就職だよ。旅行代理店に就職が決まったんだよ」
 「ほんま。おめでとう。うち、超嬉しいわ。チュウ」
 道瑠がスマホの液晶画面に熱烈なキッスをした。
 「聞こえた。電信キッスよ。ほんまのキッスは後のお楽しみ」
 「大聞こえだよ。」
 「合格祝いをせなあかんな」
 「ありがとう」
 「うちでしょう。うちが料理の腕ふるうから。な、これで決まりやで」
 「わかった。楽しみにしているよ」
 電話を終えると、道瑠はスマホをテーブルの上に置いた。そして、両腕を手前に引いてガッツポーズをした。
 「よっしゃ!」
 「これでプロポーズは頂き。食い逃げは、絶対に許せへんからな」
 道瑠が、ガッツポーズの為に握った拳に満身の力を込めた。


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