ガトーショコラを甘くして Change bitterness to sweetness


 世の中は、チョコレートのように甘くない。社会に出てしまえば、付き合いで義理チョコを渡さなければいけないことも出てくるからだ。
 あと数日でやってくるイベントに、社内には浮き足立つ人たちばかりだ。
 誰が誰に渡すのか。
 自分は貰えるのか。
 はたまた、自分のチョコは受け取ってもらえるのか。
 判り易いほどのバレンタイン空気に私は辟易していた。

「関川さん、課長たちに渡す義理チョコ。みんなで合わせてってことになったんですけど、それでいいですか?」
「ん? ああ。なんでもいいよ。任せる」

 同じ部署で一つ下の川原ななみちゃんは、とても可愛らしい。ふわりとした印象で、着ているスーツも明るめだ。ななみちゃんは愛らしい仕草で、さっきから部署の女子社員に今のセリフを伝えて回っている。あんな子に本命チョコを貰う男性社員は、嬉しくてたまらないだろうな。

 それに引き換え私ときたら。高校以来お菓子作りをやめてしまってからというもの、女子力もなければ男っ気もない。スーツだって、ななみちゃんとは真逆の暗い色合いのパンツスーツばかりだし。髪の毛だって、肩より伸ばすことはなくなった。サバサバしていて話しかけやすいと男女問わず親しまれるのはありがたいけれど、それ以上にもそれ以下にもならないのが現状。

 付き合ったことがないわけではない。気持ち悪いと言われた事件以来、男性不信にはなったけれど。つきあって欲しいと言われた男の子とは、何度か一緒になったこともあった。けれど、どれも長続きしなかったんだ。きっと、自分から好きになったわけじゃないからだろう。向こうから告白されても、なかなか気持ちが盛り上がらずに、最終的には相手からふられるという不甲斐なさ。
 自分から好きって言ったくせに、とは言い返せなかったけれど。

「ねぇ。今日の飲み会、行く?」

 データと睨み合う私の隣から、不満そうな顔でこそこそとミカが話しかけてきた。

「もう二月だっていうのに、新年会もないよね」

 少しばかり面倒臭そうにミカが息をつく。

「そうだね。ただ、新規開発の成功もあったから、それのお祝いも兼ねてるんじゃない」
「そうかもだけど」

 ミカにしてみたら、こんな飲み会に参加するくらいなら彼に会いに行きたいというのが本音だろう。私はといえば、家に帰っても一人でビールを飲むのだから、会社のお金で飲めるなら喜んでというところだ。
 そんな風に女子力がない代わりに、捌けたとっつき易い人間を前面に出しながらも、つい目で追ってしまう人物がいた。同じ部署で同期の宮原君だ。なんだかんだと言ってはみても、女を捨てきることなんてできない。

 彼もまた、サバサバしている私に話しかけやすいのか、周囲の人たちと同じでよく声をかけてくれる。そうやって話しかけられるのはとても嬉しくて、内心かなり舞い上がってはいるのだけれど、きっと女にはみられていないのだろうと期待の“き”の字も持たないように心がけていた。それに、可愛らしいななみちゃんと話す、楽しげな宮原君を見るたびに落ち込む自分がいて、対抗する勇気など欠片も出てこない。
 宮原君だって、ななみちゃんから本命チョコをもらったら、きっとすぐさまオーケーするはずだ。だって、毎日あんなに楽しそうに笑いあっているのだから。二人が話す様子を見れば落ち込む以外何もできない自分が情けない。けれど、私にはあんな可愛らしい仕草など到底できないのだからしかたがない。


< 2 / 9 >

この作品をシェア

pagetop