ガトーショコラを甘くして Change bitterness to sweetness
真っ白い粉砂糖が振りかけられた、濃厚そうなガトーショコラをしばし見つめる。
あれ以来ずっと食べるのも避けてきたけれど、いい加減克服した方がいいかな。苦い思い出ごと飲み込んだら、少しは女子力を上げる努力もできるようになるだろうか。
久しぶりに口にしてみようかと、用意されているお皿を手に取り、ケーキトングを持ってみた。けれど、迷い箸のようにガトーショコラの上をフラフラさせて踏み出すことができない。
迷いに迷い、やっぱりまだやめておこうとフルーツタルトへ視線を向けた途端に耳元で声がした。
「ガトーショコラ、食べないの?」
真隣から突然声をかけられ、驚いてトングを落としそうになった。
ガチャガチャとみっともなく慌てて、トングをどうにか落とさずに手に持ち声をかけてきた相手を見てから更に驚いた。
宮原君。
「あ、ごめん。急に声かけたら驚くよな」
いつも通り普通に話しかけてくれるのだけれど、心拍数が跳ね上がっている私は、なんとか必死さを堪えて冷静になろうと返した。
「な、なんだ。宮原君か」
「なんだ、の宮原です」
自虐めいた返答をされて、慌てて謝った。
「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて」
ああ、もう。そんな言い方したら、相手に悪いじゃない。しかも、好きな相手に向かってなんてことをっ。
「じゃあ。どういう意味?」
失言に後悔している私へ面白そうに訊きながらもう一つあるケーキトングを手にすると、宮原君は私のお皿へひょいっとガトーショコラを乗せた。
「えっ。ちょっと」
驚きの行動に、思わずお皿のガトーショコラと宮原君を交互にガン見してしまう。
もう何年も口にしていないものをぽんと簡単にのせられて、瞬時に苦い思い出が鮮明に蘇り動揺を隠しきれない。
「あれ。食べるんじゃないの?」
何も知らない顔が不思議そうに問いかけるから、引くに引けなくなった。
「た、食べる」
両手でガトーショコラの乗るお皿を持ったまま固まっていると、宮原君はくるりと踵を返していってしまった。
ガトーショコラと共に取り残された私は、今更お皿の上のものを戻すわけにもいかず、結局、苦い思い出と共に席へと戻った。さっきまで隣に座っていたミカはいつの間にか別の席へと移動していて、他のみんなと会話を楽しんでいる。空いた隣の席が、なんだか余計に惨めさを煽った。