祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「これは……」

 目の前の光景に、二の句が継げられない。先ほどまで整えられた中央の食事テーブルは、見事にひっくり返っている。

 食器棚のガラスは割れ、中の食器だけが飛び出して辺りを散らかしていた。壁に背中をへばりつかせ、ユアンが失神寸前だ。傍目から見ても、全身が恐怖で震えているのが分かるほどに顔も青い。

「なにがあったんです?」

 エルマーが、もちろんユアンにではなくブルーノに尋ねる。ブルーノはわざとらしく肩をすくめた。

「見ての通りだよ。いきなりどんっと下から衝かれたような音がして、棚のガラスが割れたかと思えば、食器たちは宙を舞いだすし、机はひっくり返るし。もちろん勝手にだ。この後奇術師でも出てきて種でも明かしてくれるのかと思えば、そういうわけでもなさそうだしな」

 軽口を叩きながらも、ブルーノもこの状況に動揺していた。オスカーは頭を抱えながらその場に座り込む。まさかの事態に誰もが、どうすればいいのか分からないでいた。そのとき

「これはまた、派手にやられたものだな」

 この場にいる誰の者でもない声が沈黙を裂く。その声にリラは聞き覚えがあった。急いで視線をやると、部屋の入り口には、不敵な笑みを浮かべ、この前の悪魔祓いのときと同じ、全身黒に染まったヴィルヘルムの姿があった。

 その隣にはクルトも立っている。ヴィルヘルムが先に一歩踏み出し、目の前の惨状をまるで気にしない、という表情で中に足を進めた。

 そして、ちょうどリラの近くを横切ろうとしたそのとき、ヴィルヘルムが足を止め、ふたりの視線が交わる。ごく自然に、いつものように、陛下と呼びかけようとするよりもヴィルヘルムがリラを抱きしめた方が早かった。
< 111 / 239 >

この作品をシェア

pagetop