祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 とっさの王の行動にリラは思考が停止する。奇怪な現象を目の当たりにし、いきなりのヴィルヘルムの登場。もうなにが現実なのか分からないほど、展開していく状況の中で、王の声が吐息と共に耳に届く。

「ここでは、私の正体は秘密だ、いいな」

 聞こえるか聞こえないかの囁き。ヴィルヘルムはそっとリラを放すと、リラが軽く頷いたのを確認し、改めてリラの頭に手を置いた。 

「ヴィル、久々に恋人に会えて嬉しいのは分かりますけどね、事態は思ったよりも深刻みたいですよ」

 エルマーがわざとらしく話しかけ、次にオスカーを気遣う。オスカーはヴィルヘルムの姿を見て、その雰囲気になにかを感じたのか、ゆっくりと立ち上がって彼の方をじっと見ていた。

 それを受け、エルマーが突然の来訪者の紹介を行う。

「彼はヴィルバート。王家から信頼を寄せられている祓魔師です。その腕は確かですから」

「これは……これは。どうかメラニーをお救いください」

 縋るように頭を下げるオスカーを一瞥し、ヴィルヘルムはさらに中心に足を進める。それをフォローするかのように、クルト又幅をきかせてそばに寄り、非常事態に備えた。

 落ちた食器の破片を踏む音が、やけにリズミカルだった。あちこちに視線を寄越しながらも、あるものを発見したヴィルヘルムは、その場に腰を落とす。

「ヴィル、どうしました?」

 同じように座り込んだクルトにヴィルヘルムは机の上にかかっていた、今は下敷きとなっているテーブルクロスの端を指差す。他の者もつられるようにして、そばに寄った。

―ジャマヲスルナ―

 真っ白だった布に血文字のように書かれた言葉。色は赤ではなく黒だ。それを見た者たちの背中に、冷たいものが走る。

 しかし、リラは不思議な感覚だった。おどろおどろしくもある文字と言葉。ただそこには、この前の祓魔のときに感じた闇のように黒いものは感じられなかったのだ。
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