祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「……私の周りには、そんなことを許してくれる大人はいなかったけどな」

 冷たさは帯びていない声がぽつりとリラの頭上から降ってくる。ゆっくりと顔を上げると、そこには複雑そうな顔をしたヴィルヘルムがいた。

 寂しそうな、傷ついたような。青みがかった黒が揺れる。途端に、リラは自分がとんでもないことをしたのだと自覚した。

「申し訳ありません。自分の立場も顧みず、陛下にご無礼を働きました。どうかお許しを。……いえ、どんな罰でも」

 一段と小さい声でつけ足す。一国の王に反論するなど、許されるはずもない。不敬罪で処罰されても文句は言えないはずだ。今のリラの立場を慮(おもんぱか)れば、尚更。

 身を縮めて反応を待っていると、いきなり真正面からヴィルヘルムがリラを抱きしめた。

 その腕にすっぽりと収まり、予想外の行動にリラは狼狽える。回された腕は力強く、離れるどころか、なにか言おうとすることもできない。触れたところから伝わってくる体温をじんわり感じながら、鼓動が加速する一方だった。

 すると、腕の力が緩み、ほっとする間もなく、頤に手を添えられ、強引に上を向かされる。その顔には、意地悪そうな笑みが浮かんでいた。

「罰? なんのことだ? ただの恋人同士の他愛ない諍(いさか)いだろ?」

 リラは目を丸くして、ヴィルヘルムをただ見つめた。零れそうな紫の瞳に自分だけが映っていることにヴィルヘルムは満足する。

「ここでは、私の正体は隠しておく話だろ?」

「も、申し訳ありません!」

 いつもの癖で、陛下と呼んでしまったことを思い出し、改めて謝罪する。それは先ほどの重々しいものではなく、素で慌てている様子のリラをヴィルヘルムは楽しそうに眺める。
< 119 / 239 >

この作品をシェア

pagetop