祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「謝らなくていい。それにしても、よく似合っている。隠すのは勿体ないが」

 頤にあった手をリラの前髪辺りを覆っているレース地に伸ばした。その仕草ひとつひとつが優雅で、リラは目が離せない。ヴィルヘルムが贈ったヴェールはリラの髪を守るように覆い、花を添えている。

「わざわざ私のために、ありがとうございます」

「手間はない。愛しの恋人のためだからな」

「もう、それやめましょう」

 心許ない声をリラはあげる。ここを訪れたときにエルマーがフォローとして言い出したことだが、ふたりでいるときまで演じ続ける必要はない。しかしヴィルヘルムはそうは思っていないらしい。

「そう言うな。私は楽しんでいる」

 言葉通り、どこか楽しそうに告げると、無駄な動きひとつなくリラの額に口づけた。それに対し、リラの動揺は半端ない。

 羞恥心で頬が朱に染まり、瞳を潤ませながら、ヴィルヘルムから距離をとろうとする。しかし、それは再び回された腕によって阻まれた。ヴィルヘルムはリラの頬に指を滑らせる。

「あのっ」

「ヴィルだろ、リラ」

 それこそ子どもにでも言い聞かせるような口調で、リラの心は波立った。自分の立場を考えればそんな恐れ多いことはできない。けれども事情が事情だ。分かっているのに、どうしても素直に呼ぶことができずに、リラは唇を固く結ぶ。

 いっそのこと、強い口調で命令してくれたら。優しく懇願するような言い方は卑怯だ。視線を逸らし、真一文字に結んだままの唇を解すようにヴィルヘルムが親指でなぞる。

「呼んだら、離してやる」

 最大限の譲歩を提案すると、リラはおずおずと唇を解いた。こんなにも声にすることが難しい言葉があるなんて。
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