祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 食堂に行くと、片づけをしていた使用人が、すぐに水を用意してくれた。お礼を告げて水をいただき、リラは再び部屋に戻ろうと階段を上がっていく。

 絨毯張りの階段は重厚で足音も吸い込んでくれる。あちこちに灯された蝋燭を頼りに部屋まで戻ろうとしたそのときだった。

 ある部屋の前を通ったときに話し声が聞こえ、つい足を止めてしまった。見ればドアがわずかに開いている。声の主はすぐにブルーノのものだと分かった。

 しかし、それだけだ。聞き耳を立てるつもりはない。そのまま通り過ぎようとしたところで、リラの足が再び止まった。なぜなら、はっきりと自分の名前が聞こえたからだ。

 勝手なもので、自分のことが話題にされているのだと思うと、気になってしまう。聞き間違いかもしれない。リラは確かめるようにドアに一歩近づいた。

「で、結局、お前はリラをどうするつもりなんだ? 本当に仕事だけを手伝わすためだけにそばにおいておくのか? まさか側室にでも、なんて考えてないよな」

 やはり、自分のことを話題にされていたのは間違いないらしい。酒が入っているのかブルーノの言い方はいつもよりもやや横柄だった。

 しかし、リラにとってはそこが問題ではない。ブルーノがそんな問いかけをする相手は世界で一人しかいない。

「だとしたらどうなんだ?」

 やはり、相手はヴィルヘルムだった。そのことにリラの心臓が一気に加速する。早くここを離れなくては、と必死に訴えかけてくる自分がいるのに、リラの足は影を縛られたかのように動かすことができない。

「おいおい、お前の後ろで腹心の部下がものごい視線をこちらに送ってるぞ」

 クルトもそばに控えているらしい。側室、という言葉の意味くらいリラも理解できる。王は自分になにを望んでいるのか。そしてリラ自身は、なにを願っているのか。
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