祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「ありがとうございます。でもあまり深く考えず、勝手に自分と重ねただけですから」

「そう謙遜するな」

 そっとリラの頭に手を伸ばし、優しく頭を撫でてやる。それはまさに飼い猫にするようなもので、リラの心がざわめく。

 その手を振り払うような真似はしない。でも、やめてほしい。このままなんでもないかのように触れられていると、リラの中のなにかが壊れそうだった。

 しばらく沈黙が続き、リラはちらりとヴィルヘルムを窺った。するとヴィルヘルムは部屋に活けられている薔薇の花に視線を注いでいる。その顔はどうも苦々しい。

「どうしました?」

「いや、私は薔薇が好きじゃないんだ」

 その言葉にリラは、なんだかショックを受けた。なんとも勝手な話ではあるが、自分の好きなものを否定されたような気になってしまう。しかも、ヴィルヘルムの顔には嫌悪とはまた違う、複雑な感情が込められている気がした。

「あの、陛下」

「ヴィルだろ、リラ」

 リラの方に向き直り、髪を弄りながらヴィルヘルムは意地悪く微笑んだ。しかし、代わりにリラは泣きだしそうになる。

 苦しくて息が詰まりそうだった。どうしても先ほどのブルーノとの会話が頭を過ぎって堪らなくなる。だから、懇願するように震える声で必死に訴えた。

「お願いです。もうおやめください、陛下。戯れが過ぎます。どうかご自分の立場をご理解ください」

「……十分に理解してるさ」

 返ってきたのは不機嫌さを乗せた声だった。心臓を冷たい手で掴まれたような感覚。自分の方が立場を理解できていなかったのだと悟る。
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