祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 ヴィルヘルムは目を見開いて、ノルデン方伯を見た。さっきまで落ち着かなかった目線は、じっと王を見据えている。黙ったままの王にノルデン方伯はにやりと笑った。

「いえ、娘に会いに行ったついでに、後宮であまりよろしくない噂を聞きましてね。陛下が、魔女を飼い慣らしているとか、なんとか。その魔女に取り込まれて後宮に足を運ばないのでは、という話を耳にしまして」

「方伯のひとりともあろう者が、そんな噂話を信じて、王に進言か?」

 つい声に棘を含ませてしまったが、ノルデン方伯はものともしない。

「とんでもございません。私は陛下を信じておりますから。しかし闇と対峙する王が、そちらに惹かれてもなにもおかしいことはない。
かつて同じようなことがあったと聞いている身としては、無礼を承知でご注進したまでです。歴史は繰り返す、と言いますから」

 再度、深く頭を下げるとノルデン方伯は退出していった。そのタイミングで、ヴィルヘルムは大きく息を吐いて背もたれに体を預ける。すぐにクルトがそばに寄った。

「どうしますか、陛下」

「……とりあえず、今晩、ドリス嬢のところに足を運ぼう」

 ヴィルヘルムは力なく答え、しばし考えを巡らせた。ノルデン方伯が話した内容は間違いなくリラのことだろう。極力、その存在は伏せてはいたものの人の口に戸は立てられない。

 後宮にまでそんな尾ひれがついたまま話が広がっているなんて。妙な違和感を覚えながらヴィルヘルムは夜のことを考えると少しだけ憂鬱になった。
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