祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「間違いではない。彼女は世継ぎを生まなければ、と随分と誰かに追い詰められていたようだ。妖しげな術にまで手を出して」

 ノルデン方伯の顔が、わずかに歪んだ。そして、まるで自分のせいではない、と言いたげに頭を振ると、ヴィルヘルムとエルマーが背にしているベッドに注目する。

「それは……」

「ノルデン方伯、お話の続きはあちらでお伺いします。どうかここはお引き取りください」

 エルマーが一歩前に踏み出し、止めようとするも、ノルデン方伯は、エルマーなどまるで目に入っていないかのように、ベッドにまっすぐ歩み寄った。ヴィルヘルムが命令するような形で止めるも、それさえ耳に入っていない。

 身動きができないリラの心は言い知れぬ不安に駆られる。そしてノルデン方伯が、ベッドの上のリラを視界に捉えたときだった。

「これは、なんと、なんと不吉な!!」

 これ以上ないくらいの大声で叫ぶ。その声の大きさだけでリラの心臓は跳ね上がった。ヴィルヘルムもエルマーも一瞬だけ唖然とする。

 このおどおどした小鹿のような男が、このような大声を上げたのを、いまだかつて聞いたことがなかった。

 ノルデン方伯はすぐにヴィルヘルムに向き直り、唇をわなわなと震わせながらリラを指差した。

「陛下、あなたは、あなたはなんてことを! よりによって紫の目など。聞いていません、聞いていませんぞ。あなたは国を滅ぼすおつもりですか!」

 今にも自分に掴みかかりそうな勢いのノルデン方伯に、珍しくヴィルヘルムは息を呑んだ。リラの存在のことを知っているとこの男は言っていた。

 しかし、いざ目の前にしてこの激昂ぶりは、どういうことなのか。ノルデン方伯の顔には細い血管が浮き出て、血色で真っ赤だ。
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