祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 異母弟と争うつもりもないし、継承権が欲しいなら、喜んで明け渡してもいい。そう簡単にいかないのが、なんとも難しいところではあるのだが。

 ちらりと、抜け出した窓に目をやる。幼少期からの家庭教師であり、腹心であるヨハンがそろそろ探しに来る頃だ。

 仏頂面で常に眉間に皺を刻んでいる男だが、それさえなければ、そこそこ異性にももてるだろうに、とフェリックスはお節介を承知で思う。

 そのとき、近くに人の気配がしたので、フェリックスは反射的に身構えた。

「誰か……いるの?」

 か細い声が響く。その問いかけにフェリックスは怪訝な顔をした。視界には女がいて、よろよろとアーチに手をつきながら、こちらに近づいて来ている。フェリックスが真正面から女を捉えているように、女だってフェリックスの存在は目に入っているはずだ。

 フェリックスが、なにも言わずに女を睨みつけるが、女はその視線をものともせず、さらに同じ事を口にした。フェリックスは、再度思考を巡らせながら女を観察する。

 年は十代後半、腰にかかるかかからないくらいの長い髪。落ちついた金色だ。その髪の色に合わせたのか、黄金色のドレスは、あまり装飾はされていないが、それなりの品だ。どこかの貴族の令嬢か。

 それにしてもその裾を引きずって土まみれになっているのは、いかがなものか。女の正体がまったく予想できずにいると、突然、目の前で彼女が派手に転んだので、これにはさすがに目を剥く。

「おい、大丈夫か」

 ドレスの裾を踏んだのか、膝と手をついて項垂れている娘の元に駆け寄り、手を差し出した。
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