祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「ごめん、なさい、やっぱり普段着なれないドレスは歩きづらくて」

 そう言って、フェリックスの手を取ろうとするが、なかなか上手くいかない。何度も手を掠める素振りを見せられ、ようやくフェリックスは事態を飲み込んだ。

「お前、目が悪いのか?」

 女が顔を上げる。表情はまったく読めないが、ヘーゼル色の瞳はわずかにくすんでいた。

「はい。完全に見えないわけではなく、光の加減や影などを感じて、大体の場所は把握できるのですが」

 差し出された手をやっと取ることができ、フェリックスは素直に引き上げてやる。娘は体勢を整え直し、その顔に笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。私はローザ・ズーデン。一応、ズーデン家の現当主になります」

 なんでもないかのような自己紹介に緊張が走る。一拍間を空けてからフェリックスは口を開いた。

「四大方伯のおひとりが、なにがあって、このような場所へ?」

 ぎこちない敬語を使って尋ねる。もし自分の正体がばれたらという不安か、名前だけは知っていた彼女をいざ目の前にしたからか、フェリックスの心臓は早鐘を打ち始めていた。

「あなた、おいくつですか?」

 しかし、返ってきたのは答えではなく質問で、しかも思いもよらぬ内容だった。どういう意図なのかまったく読めない。

 なぜそのようなことを訊くのかと尋ねたかったが、変に逆らうのも得策ではない。王家以外の人間なら、方伯の指示には素直に従うはずだ。

「二十二……です」

 自身の年齢を正直に告げるか迷ったが、ここは偽らなかった。するとおとなしく質問の答えを待っていたローザの顔がぱっと明るくなる。
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