祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「恨んでいません。恨みたくないです。私は……誰かのせいになんてしない」

 きっぱりと、静かに響いた声にフェリックスの飛んでいた意識が呼び戻された。隣に座っているローザの横顔に目を向ければ、その表情は儚げで、とても美しかった。続けてその唇が動く。

「そんなこと言って、なにもかもが憎くて、悲しくて辛いときもあるんですけどね。でも、それで心が晴れるのかといえば、まったくそんなこともなくて。いえ、私にもどうすればいいのか、よく分かってないんですけど、でも後ろを向いてばかりもダメだって……」

 最後はしどろもどろになりながらだったが、フェリックスの心を揺さぶるのには十分だった。自分はずっと己の運命を嘆いていた。

 好きで王家に生まれたわけでも、好きで国王になるつもりもない。自分の意思がなにもかも無視されて進んでいく事態に。

 でも、ローザは違う。誰のせいにもすることなく、必死で己の運命を受け入れようとしている。

「あ、ごめんなさい。カミュが、付き人が探しているわ」

 突然、ローザがわたわたと慌て始める。フェリックスにはなにも聞こえないが、どうやら彼女には遠くで自分を呼んでいる従者の声が聞こえるらしい。フェリックスは先に立ち上がり、ローザに手を貸して立たせてやった。

 長い髪に葉がついていて、とてもではないが方伯の一人とは思えない出で立ちだ。そっとついた葉を払ってやると、ローザが小さくお礼を告げた。

「私、城内に飾る肖像画を描いてもらうために、しばらく城に通う予定なの。だから、よかったらまたここに来てもいいかしら?」

 それは自分に許可をとるようなことだろうか。しかし見えていないはずなのに、じっと自分の顔を見据えてくるローザにフェリックスは言葉を迷った。
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