祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「好きに……すればいい。この時間なら俺もたいてい、ここにいる」

 そう答えるとローザは花が咲いたように笑う。まるでその言葉を待っていたかのように。

「ありがとう。また明日ね」

 踵を返し、頼りない足取りだが、確実に来た方向へ戻っていく。その後ろ姿を眺めていると、ふとローザが立ち止まってこちらを向き直した。

「そういえば、あなた名前は?」

 思えば名前を名乗っていなかった。しかし本名を告げるわけにもいかず、フェリックスはしばらく考えを巡らせる。

「……カイン」

 思いついた名を口にすると、ローザは目を丸くさせて、驚いたの伝わってきた。そして、確認するように何度も瞬きくをする。

「あなたって弟のことが嫌いなの?」

 カインは禁忌の名前だ。神に自分より愛された弟に嫉妬して殺してしまう兄の名は、普通はつけることはない。けれど、自分にはどこかぴったりだとも思えた。そして、あからさまに偽名なのにローザは訝しがることもなく微笑んだ。

「まぁ、いいわ。またね、カイン」

 薔薇のアーチの隙間から差し込む太陽はローザに影を作り、キラキラと輝かせていた。

 なんであんなことを言ってしまったのか。自分のことは関係なく、ここに来てもいいかと訊いてきただけなのかもしれないのに。

 下手な接触は危険だ。今回は正体がばれなかったからよかったものの、自分の立場を考えれば、会わない方がいい。頭では分かっているのに、フェリックスの心のどこかで、またローザと会って話をしてみたいという気持ちが芽生えていた。
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