祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 翌日、ローザは律儀に薔薇園に現れた。人の気配を感じて、カイン?と呼びかけてくるので、フェリックスは素直に返事をしてやる。今日のローザの格好は装飾もないシンプルなもので、おまけに足にはブーツを着用している。

 乗馬でもするつもりなのか、とフェリックスが揶揄すると、足元が見えないので、保護するためだ、と至って真面目な回答が返ってきた。

 なんでも昨日着ていたドレスを汚したことで従者に散々言われたらしく、肖像画を描くときのみ着ることにしたらしい。

 そんな他愛ない話をしつつも、とくになにをするわけでもない。ただ同じ風を受けて、同じ太陽の光を浴びるだけ。静かで穏やかな時間だった。

「ねぇ、カインはフェリックス殿下にお会いしたことある?」

 そんな折、不意打ちとも言えるローザの突拍子もない問いかけに、フェリックスは顔を強張らせた。

「どうした?」

 動揺を悟られぬように短く返すのが精一杯だ。まさか気づいているのか、と冷や汗が背中を伝う。ローザはきょとんとした表情のままだった。

「いえ、私を花嫁候補の一人として後宮にでも、ってお話なんだけれど一度もお会いしたことがないから」

 あっけらかんとした答えに、フェリックスは頭を抱えた。自分の花嫁候補はいくらでもいるのは知っている。そんな話をいつも興味なく聞き流していたが、まさかローザも候補に入っていたなんて。

 今や両親を亡くし、後ろ楯のないズーデン家の当主になるローザにとって王家との縁談はきっと有難い話にちがいない。

 その考えに至ってフェリックスは自己嫌悪で吐きそうになる。そもそもこうなったのは、誰のせいなのか。それを“有難い”だなんてとんでもない上から目線だ。
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