祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 視線が交わることない。どうしたのかと、声をかける前に、ローザが手を伸ばしてきた。その向かう先はフェリックスの肩上を掠め、なにもないところ、のように思えた。

「それ、は?」

 フェリックスは思わず息を飲む。空を掴んだと思われたローザの手には、黒い靄(もや)みたいなものが握られている。おどろおどろしくねっとりとしたものを、なんでもないかのように手の中に収め、ローザはそのまま手を握った。

 すると黒いものは吸い込まれるように消えていき、急にフェリックスの肩の重みが消える。ふっと憑き物が落ちたような感覚だった。

「少し悪いものが憑いていたみたいだけれど、もう大丈夫。気分は?」

「あ、ああ」

 状況についていけずフェリックスはとりあえず生返事をする。そんなフェリックスにローザは困ったように微笑みかけた。

「驚かせてしまってごめんなさい。私、目が悪いけど、こういうものはなぜか見えるの」

「さっきのはどうなったんだ?」

「どう、なったのかな。浄化されたのか、私の中に入ったのか」

 さらり、と告げられた可能性にフェリックスは目を見開いた。

「そんなので、お前は大丈夫なのか!?」

「多分。昔からなの。あの伝承もあながち嘘じゃないのかもね」

 声を荒げるフェリックスとは対照的に、ローザは落ちついたものだった。伝承なんて、微塵も信じていないフェリックスだったが、目の前の事実に少し考えを改める。実際に祓魔の力を王家は受け継ぎ、父親は強力な力をもった祓魔師だった。
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