祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 オステン方伯は状況についていけないまま、とりあえずフェリックスに駆け寄る。気を失っているが、息はある。ほっとしてすぐに、彼に憑いていた悪魔がどうなったのかと危惧する。そして、ローザに視線を移すと、荒い息を繰り返し、蹲ってる姿が目に入った。

「馬鹿、な。この、私が」

 ローザの声ではない、なにかがその口から聞こえ、オステン方伯は目を見張った。しかしすぐにローザが自分の体を抱きしめるようにして、中のものを抑え込む。

「私は、祓うことはできない。けれどっ、私の中に、私の血が、あなたを縛る!」

 宣言するように声にすると、先ほどまで部屋に満ちていた邪悪な気配が明かりを落としたかのようにふっと消えた。まだ息が乱れたままのローザにオステン方伯が近づく。

「ローザ嬢、これはっ」

 思わず口をつぐむ。苦しそうにしているローザの瞳の色は紫だった。そして、いつもは合わない焦点がはっきりと自分と合う。

「私、どうして、目が」

 驚愕の色を浮かべながら、息を切らして立ち上がるローザの髪は、落ち着いた金色から銀色に変色していた。

「なんてことを。自分に悪魔を憑りつかせるなんて」

「大、丈夫です。でも、ごめんなさい。完全には……無理でした」

 そこでローザは辺りを見渡す。そして、覚束ない足取りで倒れているフェリックスの方に近づいた。その瞳は固く閉じられているが、息をしていることに安堵する。

 二度と見ることができないと思っていた顔を、こんな形で見ることになるなんて。ローザの想像よりも、ずっと端正な顔立ちで精悍さが滲み出ていた。

 真っ黒な髪を愛おし気に見つめていると、部屋から出てこないことを不審に思ったのか、家臣たちがドアを叩く音が響いた。弾かれたようにローザはオステン方伯に向き直る。

「オステン方伯、お願いがあるんです。時間がありません。どうか、私の指示に従っていただけませんか?」
< 204 / 239 >

この作品をシェア

pagetop