祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「……目が見えなくてよかった、って今初めて思う」

 大きな歓声にリラの声はかき消される。

「もし見ることができたら、きっと会いたくなってしまうから」

 目の奥が熱くなり、リラはぐっと歯を食いしばる。これくらいの距離なら許されるだろうか。元々、自分とヴィルヘルムとの距離はこんなものだ。

 彼はこの国を担う国王陛下なのだから。憂いていた世継ぎの件も気にしなくていい。彼は、どんな女性を選ぶのか、選んだのだろうか。

「昔、ある男と契約した。その男は自分が死んだら、墓から掘り起こし、この体を好きにすることを許すと。そういう話だった」

 人々の湧き上がる声に混じって、唐突に話し始めたルシフェルの声は、はっきりと聞こえた。話の真意がまったく読めずにリラは眉をしかめる。しかし、ルシフェルはかまわずに続けた。

「そして時が経ち、男は死んだ。私は約束通り、その体をもらいにいくと、なんと男は遺体に防腐処理を施させて、どこぞの施設に飾られることになったのさ。おかげで遺体は墓どころか、ケースの中だ。これじゃ手が出せない」

「……なにが、言いたいの?」

 やはり、話の意図が読めない。ルシフェルはそこで、遠くを見つめた。

「私はたしかに、ヴィルヘルム王に近づくな、と言った。だが、お前が近づかなくても、向こうから近づいてくることには関知しない」

 リラは目を見張る。そのとき、自分の周りの空気がおかしいことに気づいた。人の気配はするのに、あんなに盛り上がっていた人々の声が急にどよめいたものに変わっている。一体、なんだと言うのか。
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