祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 そして、勘違いでなければ、誰かがこちらに、ゆっくりと近づいてくる気配がする。リラの心臓は早鐘を打ち始めた。状況についていけない。どういうことなのか。

「ルシフェル!」

 状況を尋ねようと、名を呼んだが、すでにその気配はない。理解できない雰囲気は、恐怖となり、リラはその場を離れようとした。しかし、木の幹に躓いてしまい、転びそうになる。

「あっ」

 とっさに受け身が取れず、体で地面を受けることを覚悟した。けれど予想していた衝撃は襲ってこない。代わりに、力強い腕に抱きとめられ、誰かに支えられたのだと理解する。なんとなく覚えのあるような……。

「こんなところにいたのか」

 鼓膜を震わせた声に、リラは固まった。これは幻聴か、なにかか。こんなにも自分の胸を高鳴らせる声をもっているのは、世界でひとりだけだ。

「やっと見つけることができた、リラ」

 顔を確かめるように、頬を撫でられ、リラは泣き出しそうなのを堪えて、頭を下げた。

「申し訳ございません、人違いです。私は、そのような」

「髪や瞳の色が変わったぐらいで、誤魔化せると思っているのか。言っただろ、私はお前がどんな姿でも、どこにいてもきっと見つけられるって」

 見ることができない。けれどリラにはヴィルヘルムが今、どんな顔をしているのか容易に想像できた。懸命に堪えていた涙が、ついに目から溢れだす。
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