祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 その日の夜、リラの目はやけに冴えていて、人の気配がどんどん消えて暗闇が濃くなる一方で、意識だけははっきりしていた。なんといっても、まだ安静を言い渡され、一日のほとんどをベッドの上で過ごしているのだ。眠りすぎて睡魔が襲ってくる様子は微塵もない。

 明日は、少し体を動かすように、フィーネにお願いしてみよう。そんなことを考える。フィーネは元々喋るのが好きなのだろう。リラのことを怖い、と言いながらも態度にも言葉にもそれを感じさせることなく接してくれるのが有難かった。

 そのとき部屋のドアがゆっくりと動いた。静かすぎる空間に、わずかに軋むその音はやけに響き、リラは急いで上半身を起こした。

「今日はおとなしくしていたようだな」

 声だけで誰だか分かる。そばにゆっくりと歩み寄り、徐々にその輪郭がはっきりとしてきた。

「ヴィルヘルム……陛下」

 笑みをたたえているのが分かる。けっして幸せや嬉しさを伴ってはいないが。

「不自由はないか?」

 尋ねられ、リラは慌ててベッドに頭をつけて身を低くした。

「身に余るほどの待遇、陛下のご配慮、心より御礼申し上げます」

 本当はベッドから降りて頭を下げるのが正しいのだが、すぐにそこまで気が回らなかった。体勢を急に変えたから、まだ治りきっていない傷が痛む。しかし、そんなことを言っている場合ではない。

 出会ったときから、随分と不躾な態度をとってきたが、一国の王に、自分はここまでしてもらう存在ではないのだ。

「やめろ」

 聞こえてきた言葉は冷たさを帯びていて、リラの心が無意識に身構える。さらには、面を上げろ、と続けられ、リラはおずおずと顔を上げた。

 すると黒曜石のような瞳が自分をまっすぐに見下ろしている。その目から視線をはずすことができない。そしてリラの頤に手が添えられたかた思えば、強引に上を向かされた。
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