祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 歯の根が合わずにがたがたと震えるリラをエルマーがそっと支えた。そして男にヴィルヘルムはなんの躊躇いもなく近づいていく。

「名前は?」

「コルネリウス・ファーナー」

 まるで老人のようなしゃがれた声は、青年のものと思えない。ヴィルヘルムはまったく動揺を見せずに、抑揚のない淡々とした声で続けた。

「彼の名前は知っている。お前の名前だよ」

「……教えるわけないだろ」

 男の口角がさらに上がって不気味さを増す。色を宿していないと思われていた目には粗暴さが滲んでいた。しかし、ヴィルヘルムは表情を変えないままだった。

 そして軽く息を吐くと、どこから取り出したのか小さな小瓶の蓋を開け、コルネリウスに向かって軽く振りかけた。コルネリウスの顔が一瞬だけ怯む。

 それからリラには理解できない言葉がヴィルヘルムの口から紡がれる。意味は分からないが独特の韻と落ち着いた声が空気を震わせ、目に見えないなにかを圧として感じる。けれど、けっして不快なものではない。

 ベッドの上にいる男にとっては、そういうわけでもないらしく、針かなにかで刺されているような苦悶に満ちた表情と叫び声を上げ始めた。

 縛られているところが痣になるほど、激しく抵抗し、ベッドが音を立てる。壊れてしまうのではないかと不安に駆られながら、リラはここでようやくベッドの青年を改めて見る事ができた。

 その紫眼に映るのは、青年の姿ではない。胴体は人間のようだが、全身焦げたように真っ黒で、その頭は牡牛のようだった。苦しそうに舌を出して喘いでいる。これは、
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