祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 今度こそ、王は誰が見ても分かるほど、嫌悪感を露(あらわ)にした。もちろん、平伏している商人たちには見られていない。そばで控えている臣下たちも同じような表情だ。クルトは厳しい顔で首を横に振っている。

 突き返せ、という意味なのはすぐに理解できた。もちろん、そのつもりだ。断わりの文句を告げようと、唇を動かそうとしたそのときだった。一瞬だけ、女と目が合ってしまった。

 まったく感情が読み取れないのに、魅せられるような紫に、捕らえられる。

「お気に召されなければ、引き取りますゆえ」

 男の声に我に返る。女はとっくに顔を伏せていた。

「……礼を言う。下がってかまわない」

 その言葉に、クルトが信じられない、という顔をして天を仰いでいるのが視界に入った。エルマーはどこか楽しそうだ。商人たちは、再度頭を丁寧に下げて、ゆっくりとその場を辞した。

 残された娘は、なにも言わず、俯いたままだ。ここで、ようやくヴィルヘルムはじっくりと彼女に視線をやる。

「名はなんと言う」

 静かな問いかけに対し、なんの反応も返答もない。王の問いかけに答えないなど、ありえない行為だ。しかし、腹を立てることでもない。

 ヴィルヘルムは女性の使用人たちに、娘を客間の一番小さな部屋に連れて行くように申し付けた。さすがに後宮にとはいかない。怯えるように娘に近づく者たちに、彼女の身支度を整えるようにと、さらに付け加えた。
< 5 / 239 >

この作品をシェア

pagetop