祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 リラは自分ではない誰か、おそらく彼を通して、ある女性をその目に映していた。残念ながら顔は分からない。それは自分もだった。

 なぜなら、今日は仮面舞踏会(マスカレード)で、みんな仮面をつけている。舞踏会に初めて参加する自分にとって素顔を晒さなくてすむのは純粋に有難かった。

 元々、体も丈夫ではなく、参加するつもりはなかったのだが、いい年して結婚もしない自分を両親から疎ましがられたのがきっかけだった。

 そこそこの階級層である両親の元に生まれ、わりと何不自由ない生活を送らせてもらったことには感謝しているが、このときばかりは恨めしく思う。華やかで人が多いとことはどうも苦手だ。ダンスもろくに踊れなければ誘うことさえできない。

 そんな自分に声をかけてくれたのが彼女だった。

『仮面をつけていても顔色が悪いのが分かるわ。具合でも悪いの?』

 そう言って、縁に金の装飾が施された黒い仮面越しにこちらを覗いてくる瞳に、一瞬で心を奪われた。

 そのまま呆然としている自分の腕を彼女は強引に引いて、このバルコニーに連れて来られる。女性は男性からの誘いを待っているだけの存在だと聞かされていたので、彼女の行動にはかなり驚かされた。

『ごめんなさい、今にも倒れそうだったから、つい』

『いや、正直、あまり体調がよくなかったんだ。礼を言うよ』

 緩く癖のある綺麗な金髪はまとめ上げられ、厚めの唇は赤く妖艶で、くすんだ金色のドレスはやや地味だが、それを感じさせないほどの魅力が彼女にはあった。

 首元には大きなエメラルドが一粒光っている。百合を象った爪が高貴な雰囲気を醸し出していた。彼女も誰かと踊りたくてここに来たのだろう。
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