祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
『戻ってくれてかまわないよ。私は少しここで休んでいくから』

 しかし、女性の扱いとやらが分かっていない自分は、これ以上、どうすればいいのか分からず、ぶっきらぼうにそう告げることしかできない。すると彼女は意外にもおかしそうに笑った。

『私も人とお酒に酔ってしまったから、ここで少し休んでかまわないかしら?』

 その笑顔は仮面をつけていても十分に魅力的だった。

 ぽつりぽつりと互いのことを話す。彼女も私と同じように、両親に無理やりこの舞踏会に連れて来られたらしい。彼女がまとめ上げていた髪を解き、軽く頭を振ると煌びやかな金色の髪が惜しげもなく月明かりに晒された。

 広間にいるときは、あんなに時間が流れるのが遅く感じたのに、彼女といるとあっという間に時間が過ぎていく。そして、気づけば最後の曲になっていた。

『せっかくだから、最後にお相手願えません?』

 子どものような笑みを浮かべ、ウインクを投げかけられたが、私は返答に困った。そして恥を忍んで、自分がろくに踊れないことを告げる。すると彼女は大きな目をさらに真ん丸くし、相好を崩した。

『なら、次に会うときに、あなたから私を誘って。あなたと踊れるのを楽しみにしているから』

 また、次の舞踏会にここで落ち合う約束をして我々は別れることになった。このときほど、ダンスのひとつも踊れない自分を悔やんだりもしたが、また次に彼女と会う口実ができたのは嬉しかった。

 それから私は、今更ながらに今まで病弱と言う理由で拒否してきたダンスを学ぶことにした。今まで自分には必要ないと思っていたのに、彼女と踊ってみたくて、彼女を誘いたくて必死だった。

 それなのに、再び舞踏会が開催されることになったあの日、私は高熱を出して床に臥せていた。とてもではないが、舞踏会に行けそうにもない。

 彼女はどうしているんだろうか、もしかすると、あのバルコニーでひとりで待っているのではないか。

 意識が、朦朧として頭が徐々に働かなくなる。自分が情けなくてしょうがない。悔しい。会いたい。今度は自分から誘うと、彼女と踊ると誓ったのに。それなのに、自分は――
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