祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
『そんなに硬くならないでくださいね。上手く踊ろうなんて思わなくていいんです。舞踏会はあくまでも音楽に合わせて楽しむものなんですから。それに、女性はある程度、男性のリードに任せればいいんですよ』

 先ほど受けたアドバイスを思い出す。たしかに基本的なステップの繰り返しに、三拍子なので曲がなくてもリズムはとりやすい。

 後ろに下がるときに足を出すのがぎこちなかったり、回るときはある程度の勢いも必要だというのはよく分かった。

 ただ、ダンスをするうえで必要不可欠とはいえ、異性とくっつかなければならないのはどうも慣れなかった。手を重ね、体を預けながら、回された腕を意識すると、どうしたって動きが鈍くなってしまう。

 みんな、こんなことをよくできているな、とリラは純粋に感心した。

 そして間もなく自室に到着するというところで、ふと、自分に向けられる視線を感じた。振り返ってそちらを見ると、壁沿いに見慣れないふたりの若い女性が、こそこそと話しながらこちらを見ていた。

「なにか?」

 反応したのはフィーネだった。

「いえ、その方がダンスの練習をされていると聞いて、舞踏会にご出席するつもりなのかと思って。まさか陛下と、なんて思ってませんよね?」

「陛下のお相手はもう決まっていらっしゃると思いますよ。ここ最近、ずっと後宮やどこかのお屋敷に足を運ばれているみたいですし」

「あなたたちには関係ないわ」

 撥ねつけるようなフィーネの声に彼女たちは互いに耳打ちしながら、また笑い出す。

「その見た目だと、誘ってくださる男性もいらっしゃらないんじゃない?」

「せっかく、陛下が久々に舞踏会を開催なさるのに、変に目立たれてもねぇ」

「ちょっと!」

 さすがにフィーネが声を荒げたところでリラが慌てて制した。そして、彼女たちをじっと紫の瞳で見つめる。それが予想外だったのか、彼女たちは居心地悪そうにたじろいだ。
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