祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 ふわっとではなく、どんっと突き落とされたように意識が覚醒した。見慣れない天井が、正確には天蓋が視界に入り、全身のあらゆる場所が痛んで顔をしかめる。

 反射的に体を起こそうとするも、それは叶わない。なぜなら両腕を頭の上で縛られ、その先はベッドにきつく結ばれているからだ。縄ではなく紐でよかった。そんなことに安堵したそのとき、

「気がついたか?」

 硬い無機質な声が耳に届き、急いでそちらに意識を向ける。声の主を思い浮かべる前に、紫眼が人影を捉えた。

「自分の目を潰そうとするとは、なかなか腹が据わっているらしい」

 ヴィルヘルム王。自分を見下ろしている王の姿に、娘は信じられない思いだった。噂でしか聞いたことがない、死を司ると言われている烏の羽色にも似ている艶やかな黒髪、象牙のような白い肌、そしてなにもかもを見透かすような瞳はまさに吸い込まれそうに深い。

 そのあまりにも人間離れした美しさは、人形というよりも、神か悪魔か。髪の毛一本までも計算尽くされたかのような、まさに芸術品。王の顔を不躾にじっと見つめていると、その形のいい唇がゆっくりと動いた。

「だが、自分の立場を理解できるほど、頭はよくないようだ」

 次の瞬間、強い衝撃が娘を襲った。柔らかなベッドに体が沈んだと思えば、閉塞感に包まれる。王が覆い被さってきたのだ。感情を他者にまったく悟られることのない強い瞳が、至近距離で女だけを映していた。

「お前は私のものになったんだ。勝手に傷をつけることは、お前自身であろうと許されない」

 その声が、その瞳が、自分を捕らえて放さない。これを恐怖と呼ぶのか。その御前(みまえ)に誰もを平伏させるだけの絶対的な威圧感が肌に突き刺さり、身も心も震え上がらせる。
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