祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 シャンデリアに灯された多くの蝋燭たちの炎が鏡によって反射され、広間は昼間のように明るい。壁一杯に描かれた神話をモチーフにしたような絵は誰が描いたのか。

 この前は見る余裕がなかった広間の様子をリラはまじまじと見つめた。まだ正式には舞踏会は開催されていない時間だが、それでも早くに来ている客人たちは何人かいた。

 それぞれ正装し、語らい合っているところを、極力誰とも目を合わせないように俯きがちに階段を目指す。

 そして、ゆっくりとバルコニーへ足を踏み入れた。夜が世界が支配し、辺りは暗い。この前と同じように冷たい風が吹き抜け、リラの項(うなじ)を掠める。普段は長い髪を下ろしているので、なんだか心許ない。

 次第に目が暗闇に慣れ、境界線を捉えれるようになった。そして楽器の音が聞こえてくる。音合わせをしているのだろう。リラはわざとらしくバルコニーから外を眺め、気を逸らした。

 しばらくしてから、ゆったりとした音楽が徐々に会場を包み、バルコニーにも届いてきた頃だった。リラが気配を感じて振り向くと、そこには彼がいた。

 この前と同じように力なくリラを見つめている。しかし音楽に反応してか、リラの方に近づいてきた。今回はリラもドレスの裾を少し掴み、彼の元に自ら歩み寄る。

『一曲お相手願えませんか』

 掠れた声がリラの耳に届いた。リラはなにも言わず、無表情のまま差し出されている彼の手の上に自分の手をそっと重ねた。意識をしっかりと持ち、この前のように取り込まれないように気を張る。

 冷たい!

 ぞくりと背中に悪寒が走り、叫びそうになるのをぐっと堪えた。触れた手から、密着した箇所から伝わるのは氷のような冷たさだった。彼が歩く死者なのだということを改めて実感させられる。
< 81 / 239 >

この作品をシェア

pagetop