祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「もう一度訊く。名はなんという」

 答えない、という選択肢は、もうなかった。名前がそんなに大事なんだろうか、必要なんだろうか。そんな疑問もどうでもいい。女はゆっくりと口を開く。

「リ、ラ」

 久しぶりに出した声は思う以上に掠れていた。

「リラ、なるほどLilaか。その瞳の色にぴったりの名だな」

 王が女の上でかすかに笑った。声を出せたことで女は、リラはさらに続ける。

「私は、魔女では、ありません」 

 必死に訴えるリラに、王は口角を上げたままリラを見下ろしている。その笑みは妖艶でこの状況を楽しんでいるように思えた。そして、なにも答えずに薄い布の上からリラの脇腹に手を滑らせる。

「いっ」

 思わず声が出て、リラの顔が苦悶に満ちる。触れられただけなのに、あまりにも場所が悪かった。そんな様子を見て王はリラの首元に腕を伸ばし服に手をかける。

 古い布切れはそんなに力を込めなくても、驚くほどあっさりと裂けた。その音よりも、肌が外気に触れたことで、ありありと実感する。リラは王の元に自身の肌を晒していた。

 予想もしなかった事態に、全身の血の気が引いていく。そして心の中は、羞恥心よりも恐怖の方で満たされていった。

「なるほど、烙印を探されたわけか」

 そんな気持ちを知ってか知らずか、まじまじとリラの体を見つめた王は納得したかのように呟く。その薄い布の下には多数の痣や傷があった。新しいものから古いものまで、白い肌に、紫色に変色した箇所はよく目立ち、とても痛々しい。

 肌が空気に触れて、慣れていた痛みがまた疼き始める。そして痛みと共に次に襲ってくるのは絶望だ。

 この人も同じだ。同じように私を――

 目を瞑ることはせずに、じっとその紫の瞳に王を映す。それがせめてもの抵抗と思い、唇をぎゅっと噛みしめたところで、いきなり王が身を起こした。さらにベッドのシーツを剥ぎ取ると晒されたリラの体を覆うように被せてきたので、これにはリラも面食らう。
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