あなたに捧げる不機嫌な口付け
頭を下げる。


「ごめんなさい」


一目惚れは信じないたちなのに、告白されたからって何となく付き合い始めるのはいささか気が引けるし。


決して、諏訪さんに遠慮しているわけではないけど。


ただ、諏訪さんとの関係を切って無理にこの人に合わせるくらいなら、諏訪さんとこのままいた方が楽しいだろう、とそろばんを弾いた。


合う人と話す方が気が楽でいい。


「……分かりました」


了承はしたものの、その場から動かない目の前の人。


……え、これ私に先に行けってこと?

進行方向そっちなのに、今振った人の脇を通れって?


えええ、嫌だな、どんな顔して通りすぎればいいの、それ。


話すうちに気づいてくれないかと、捨てられた子犬みたいな落ち込みようの人に続けてみる。


「でも、ありがとうございました。嬉しかったです」

「はい……」


はい、じゃなくて。扉はあなたの後ろなんだってば。


むずがゆい。


そういうのが察せない人は、私の苦手な人だ。


口のかゆさを少しでもまぎらわすためにFの発音を繰り返す。


今にもこぼしそうな溜め息は、噛む下唇から少しずつ抜けた。
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