あなたに捧げる不機嫌な口付け
帰ってって意味なんだけどな。

そのくらいは察して欲しかったんだけど。


仕方がないから早足で通り抜けると、すがるみたいな視線がずっと私の背中に刺さっていた。


……だから嫌だったんだ。


低迷する機嫌のまま、諏訪さんに電話をかける。


「諏訪さん、今日家行ってもいい?」

「……祐里恵からなんて珍しいね。どうしたの」


諏訪さんは心配する素振りを見せたけど、返事が遅い。


出るのも遅かったから、人がいるんだろう。


「やっぱり今日はいいよ。邪魔してごめん」


ちょっと今日は諏訪さんのあの少し斜に構えた空気を感じたかった。


会えないのは残念だけど、諏訪さんがいいと言わないときは絶対に行かないと決めてあるんだから、駄々をこねたって仕方ない。


諏訪さんは何も考えていない人に見えるようにしていて、何も悟られたくないと思っている節がある。


私はものごとを損得で見ている。


でも、あの名前も知らない男子は、絶対少しの打算と多くの夢を携えて生活している。


将来は何になろう、あれになろうなんて思い描いているんだろうか。


……そういう人は眩しくて、疲れて目がくらむから苦手だ。
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