あなたに捧げる不機嫌な口付け
「えっと……」


ただいまって言うだけただいまって言うだけただいまって言うだけ。

それだけ。


大丈夫大丈夫大丈夫、私は言える。


マフィンのためにならきっと言える。


さあ言え。勢いつけて言ってしまえ。


「……きょう、すけさん」


掠れる喉で無理矢理息を吸う。


顔が赤いのは仕方がない。


さ迷う視線を一度目を閉じて止めて、真っ直ぐ恭介さんを仰ぎ見た。


決心しかねて、ただいまの代わりに何度も恭介さんの名前を呼ぶ。


今口を閉じたら最後、ただいまなんてアホなことは言えなくなるに違いない。


「きょ、すけ、さん」


……ただいま、なんて。


駄目だ。


言えない、恥ずかしくて言えるわけがない。


でも、一度言うと決めたのに言わないのは嫌だ。


だから仕方がない、仕方がないから。


言わなきゃいけないような状況に、自分を追い込むしかない。


「あの」


――仕方が、ないから。
< 154 / 276 >

この作品をシェア

pagetop